東京高等裁判所 昭和63年(行ケ)244号 判決 1992年7月28日
原告 日本電気株式会社
右代表者代表取締役 関本忠弘
右訴訟代理人弁護士 八幡義博
被告 特許庁長官 麻生渡
右指定代理人 加藤茂樹
<ほか二名>
主文
特許庁が昭和六一年審判第一三五六二号事件について昭和六三年九月八日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
主文と同旨の判決
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」
との判決
第二請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和五三年一〇月五日、名称を「適応予測形差動パルス符号復号化方法および装置」とする発明(以下、このうちの方法の発明を「本願第一発明」という。)について特許出願(昭和五三年特許願第一二三二五五号)をしたが、昭和六一年四月二五日、拒絶査定を受けたので、同年六月二六日、審判の請求をし、同年審判第一三五六二号事件として審理され、昭和六三年九月八日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は、同年一〇月一二日、原告に送達された。
二 本願第一発明の要旨
符号化部では、入力信号と予測値の差を量子化し、係数がそれぞれ逐次適応的に変化する非再帰型適応フィルタかあるいは非再帰型と再帰型との両方のフィルタを含む適応フィルタを用いて前記量子化結果から前記予測値を作り出し、復号部では、前記量子化結果を入力し前記符号化部のフィルタと同じ構成を有するフィルタを用いて再生された入力信号を作り出力することを特徴とする適応予測型差動パルス符号復号化方法(別紙図面一第2図、第3図参照)
三 審決の理由の要点
1 本願第一発明の要旨は、前項記載のとおりである。
2 一方、本件出願前日本国内において頒布された「電気通信学会雑誌」四九巻一一号(昭和四一年一一月号)二二四頁ないし二三一頁(以下「引用例」という。)の図4(別紙図面二図4参照)には、圧伸デルタ変調符号器が記載されている。
この符号器の符号化の方法は、入力信号Xと復号回路網Ⅰの出力の差をクロックfs入力を有する比較器により量子化し、量子化結果と制御電圧Cの積を復号回路網Ⅰの入力とするもので、制御電圧Cは引用例第五式に示すように入力信号レベルあるいは復号回路網Ⅱの出力のレベルに応じて「適応的」に変化する値を持つものであり、そして、乗算器及び制御電圧Cを導出するための手段は制御電圧Cを係数とする最も簡単な非再帰型フィルタを構成しているものと認められる。
また、引用例二二六頁左欄二行ないし四行には、復号する場合、送信側の局部復号器と同じ構成の復号器を用いることが記載されている。
したがって、引用例における「入力信号X」、「復号回路網Ⅰの出力」、「制御電圧C」及び「乗算器及び制御電圧Cを導出するための手段」を本願第一発明における「入力信号」、「予測値」、「係数」及び「非再帰型適応フィルタ」に対応させることができるから、引用例には、
「符号化部では、入力信号と予測値の差を量子化し、係数がそれぞれ適応的に変化する非再帰型適応フィルタを用いて前記量子化結果から前記予測値を作り出し、復号部では、前記量子化結果を入力し前記符号化部のフィルタと同じ構成を有するフィルタを用いて再生された入力信号を作り出力する適応予測形差動パルス符号復号化方法」を構成に欠くことができない事項とする発明(以下「引用例記載の発明」という。)が記載されているものと認められる。
本願第一発明と引用例記載の発明とを比較すると、本願第一発明の非再帰型フィルタの係数は逐次変化するもの、すなわち、前回の係数を修正していくものであるのに対し、引用例記載の発明はそのような構成を欠く点で両者は相違するが、その他の点では格別差異は認められない。
前記相違点を検討すると、予測フィルタの係数を逐次変化させることは本件出願前周知(必要ならば「電子通信学会誌」五三巻五号一九七〇年五月号六四一頁ないし六四二頁又は昭和五三年八月一日社団法人電子通信学会発行、電子通信学会編「ディジタル信号処理」六版二二四頁ないし二二九頁参照)であるから、引用例記載の発明において係数を逐次変化させるようにすることは当業者が容易に推考実施することができることと認められる。
更に、請求人(原告)の昭和六三年二月一九日付けの意見書の意見を検討する。
請求人は、引用例図4の符号器において符号パルスを振幅変調している点に着目して本願第一発明との関連を否定するものと推測されるが、本件明細書及び図面には原理的な式(明細書一〇頁一八行参照)が示されているだけであって、その乗算のための具体的方法は本願発明の構成に欠くことができない事項となっていないから、この点に関する請求人の意見は採用できない。
また、請求人は、引用例の符号器はデルタ変調符号器であるから本願第一発明とは異なると主張しているが、デルタ変調及びその復調もまた「差動パルス符号復号化」のひとつの態様にすぎないから、この点に関する請求人の意見は採用できない。
また、請求人は、本願第一発明の予測フィルタを引用例図4の復号回路網Ⅰに対応させて差異を論じているが、本願第一発明の非再帰型フィルタが何に対応するかは前記のとおりである。なお、本願特許請求の範囲の第一の区分の記載が非再帰型フィルタとともに他のフィルタの併用を認めるものとなっているところからみて、予測値を非再帰型フィルタから直接得ることは本願発明の構成に欠くことができない事項とはなっていないと認められるので、引用例図4の復号回路網Ⅰの存在を根拠に本願第一発明と引用例記載の発明との差異を主張する請求人の意見は採用できない。
また、請求人は、本願第一発明の効果として係数が逐次的に変化することによる問題を解決したものであると述べているが、予測係数を得るためのアルゴリズムは本願第一発明の構成に欠くことのできない事項となっておらず、また、実施例においても予測係数を再帰的に得ているのであるから、本願第一発明が引用例記載の発明の持つ効果を超える格別な効果を奏するものとは認められない。
以上のとおり、本願第一発明は、当業者が本件出願前日本国内において頒布された引用例記載の発明に基づいて容易に発明することができたものと認められるので、特許法二九条二項の規定により特許を受けることができない。
四 審決の取消事由
審決の本願第一発明の要旨の認定、引用例の図4に圧伸デルタ変調符号器が記載されていること及び本願第一発明と引用例記載の発明とに相違点の一つとして審決認定の相違点があることは認めるが、引用例記載の発明の技術内容の認定及び本願第一発明と引用例記載の発明との一致点の認定並びに相違点に対する判断は争う。
審決は、引用例記載の発明の技術内容の認定を誤り、もって本願第一発明と引用例記載の発明との一致点の認定を誤り、また、本願第一発明の奏する顕著な作用効果を看過し、もって本願第一発明の進歩性を誤って否定したもので、違法であるから、取り消されるべきである。
1 一致点認定の誤り
(一) 本願第一発明の技術内容
本願第一発明は、量子化ビット数が二ビット以上である差動パルス符号変調(DPCM)方式に関するものである。
パルス符号変調は、音声や画像等を時間的に連続する電圧や電流の強さ(振幅)の変化の形に変換した電気信号(アナログ信号)から決められた時間間隔(サンプリング周期)を置いた時点の振幅を取り出し、この値をパルス符号列で表す技術である。n個のパルス信号では二のn乗個の状態の識別が可能となり、パルスの個数(ビット数)が多い程、振幅の識別が細かくできる。
パルス符号変調において、サンプリング値のパルス符号をそのまま伝送するよりも、サンプリング値のパルス符号値とそれを予測したパルス符号値の差(予測誤差)を量子化したパルス符号を伝送する方が伝送路の伝送容量が小さくてすむので、このような技術が用いられる。
右でいう量子化とは、予測誤差を一定のステップ幅で設けられている数値段階のうち近い数値へ切捨て、切上げ又は四捨五入により修正することであり、パルス符号で表されている予測誤差の上位ビットから何ビットかを残し下位ビットを○にすることである。上位nビットを保存した場合、nビットの量子化という。そして、差動パルス符号変調の場合、nは二ビット以上である。
なお、「差動」パルス符号変調といわれるのは、入力されてくるパルス符号値とそれに対応する予測パルス符号値との差をとることによる。
右のように、差動パルス符号変調では、予測パルス符号値を生成する予測値生成回路(予測フィルタ)、入力パルス符号値と予測パルス符号値との差をとる減算器及び予測誤差を量子化する量子化器とを有している。
予測値生成回路では、過去の何周期か分について量子化器から入力された量子化予測残差と予測パルス符号値との和を求め、その和のそれぞれに重み係数(予測係数)を掛けてそれらを加算処理することにより、次に入力されてくるパルス符号値を予測した予測パルス符号値を減算器へ出力する。
そして、右の予測係数が固定値である場合を固定予測方式といい、予測誤差が最小になるように予測係数を変化させる場合を適応予測方式という。ここでいう「適応」とは、予測誤差ができる限り零に近づくように、換言すれば、予測パルス符号値ができる限り入力パルス符号値に近づくように予測することについてのものである。
本願第一発明は、この適応予測形差動パルス符号変調方式に関するものである。
この適応予測形差動パルス符号変調方式自体は公知のものであるが、従来のものは、次のような問題があった。
別紙図面一の第1図のとおり、従来の適応予測形差動パルス符号変調方式において、予測フィルタ200は、加算器40、適応予測器30及びその出力側から入力側の加算器40への帰還経路とから構成されている。すなわち、適応予測器30自体は非再帰型フィルタであるが、帰還経路が設けられていることにより、予測フィルタ200としては再帰型フィルタとなっている。その結果、同じ構成である右側の復号器にも帰還回路(フィードバックループ)が形成されている。
このような構成における一審の問題点は、本願明細書七頁一七行以降に記載されているように、伝送路で伝送中の符号化出力にエラーが発生した場合、復号器がフィードバックループを有するため復号動作が不安定になるということである。
伝送路でエラーが発生すると復号器へ入力される信号は伝送路へ送られた符号化出力とは異なったものとなり、復号器の適応予測器130の予測係数が予測フィルタ200の適応予測器30の予測係数とは異なった値をとることになる。このようなとき、適応予測器130と加算器140がフィードバックループにより閉回路を構成しているために、適応予測器130の予測係数の値によっては、復号器が発振を起こしたり、そこまで至らなくても動作が不安定になることがある。
このようにいったん動作が不安定になると、その状態から回復するのに非常に時間がかかり、その間極めて低品質の再生信号になってしまう。
本願第一発明は、従来の適応予測形差動パルス符号変調方式に特有の、換言すれば、単なる差動パルス符号変調(固定予測形差動パルス符号変調)にはない問題を解決することをその技術的課題(目的)とするものであり、簡単な回路で伝送エラーがあっても動作安定かつS/N(信号対雑音比)改善度を大きくとれる適応予測形差動パルス符号変調方式を提供するものである。
本願第一発明は、右の技術的課題(目的)を達成するため、その要旨とする構成を採用したものであるが、これは、従来の適応予測形差動パルス符号変調方式の予測フィルタが再帰型フィルタであるのに対し、それを非再帰型フィルタ又は非再帰型フィルタと再帰型フィルタを併せたものにしているものである。
すなわち、従来の適応予測形差動パルス符号変調方式において伝送エラーが生じた場合に復号器の動作が不安定になることがあるという問題の原因が符号化器の予測フィルタが帰還経路を含む再帰型フィルタにあるという点に鑑みて、予測フィルタとしては帰還経路のような外部帰還経路のない非再帰型フィルタを有することを必須の要件としたものである。
(二) 引用例記載の発明の技術内容
引用例の図1(別紙図面二図1参照)には通常のデルタ変調回路が示されている。
入力信号xは、減算器で局部復号回路からの信号を減算され誤差信号εとなって比較器へ加えられる。局部復号回路は受動積分回路網で、パルス状に入力する信号がプラスの場合には一周期前の出力値にそれを加算して出力し、マイナスの場合には一周期前の出力値から減算した値を出力するという動作をする。この出力を局部復号信号という。
比較器は、クロック周波数fsの周期で、誤差信号εが正のとき(即ち入力信号xが局部復号信号より大きいとき)にはプラスE0のパルスを出力し、誤差信号εが負のとき(すなわち入力信号xが局部復号信号より小さいとき)にはマイナスE0のパルスを出力する。このように誤差信号εが正のときはプラスE0(又はプラス1)に変換し、εがマイナスのときにはマイナスE0(又は0若しくはマイナス1)に変換する作用は2値(すなわち1ビット)の量子化といえる。そして、E0(又は1)が量子化ステップとなる。
こうして得られた信号が符号出力となり、局部回路に加えられるとともに伝送路に送り出される。
入力信号xが局部復号信号より大なるときは、その大きさの程度に関係なく、比較器はプラスE0のパルスを出力し、局部復号回路は先の局部復号信号にE0を加算して出力する。この加算された局部復号信号と後からの入力信号を比べて再び入力信号xの方が大きければ、比較器は同様にプラスE0を出力する。すなわちプラスE0が二周期続くことになる。これに対して、入力信号の方が小さければ、その大きさの程度に関係なく比較器はマイナスE0を出力し、これを受けて局部復号回路は先の出力値からE0を引いた局部復号信号を出力し、後続の入力信号と比較されることになる。
そして、伝送路を経て来た符号出力を受けた受信側では、局部復号回路と同じ復号回路で符号出力を積分し、入力信号xに近似した復号信号を出力する。
以上のデルタ変調方式には次のような問題がある。
それは、比較器が誤差信号εの大きさにかわりなく、その正負に応じて、正であればプラスE0、負であればマイナスE0というように一定の振幅のパルスしか出力せず、その符号出力を受けた局部復号回路も単に振幅E0を積み上げていくか減ずるかだけの受動積分回路であるため、局部復号信号は固定したステップ幅でしか変化し得ない。
このため、入力信号xの変化の勾配が急になった場合、局部復号信号が入力信号に追随し得なくなり、符号出力はプラスE0又はマイナスE0が連続して生ずる現象となって現れる。このため勾配過負荷雑音といわれる雑音が生じて受信側で入力信号xを忠実に再生できなくなるという問題がある。
また、入力信号xの勾配が緩やかで平坦に近い場合には、入力信号が局部復号信号に一ステップ積み上げると入力信号より大きくなり、一ステップ減ずると入力信号より小さくなり、結局積み上げと減ずることを交互に繰り返すことになり、これが一種の雑音となり、ステップ幅が大きい程雑音も大きくなるという問題を有している。
これらは、いずれも量子化のステップ幅が固定されていることに起因する問題である。
引用例の図4に記載されたシラブル圧伸デルタ変調方式は、このような問題点を解決するために開発されたものである。
シラブル圧伸デルタ変調方式は、入力信号xの短時間平均レベルの変化に応じてステップ幅を変化させる方式である。すなわち、入力信号のレベルが大きくなれば量子化ステップ幅を大きくし、入力信号のレベルが小さくなれば量子化ステップ幅を小さくする方式である。
引用例の図1の圧伸デルタ変調回路では北較器の符号出力がそのまま局部復号回路へ入力されているのに対し、図4では比較器の符号出力に乗算器で制御電圧Cを掛けた値±Cを復号回路網Ⅰへ出力している。
復号回路網Ⅰは、図1の局部復号回路に相当するものであり、受動積分回路網である。
制御電圧Cは復号回路網Ⅱとレベル検出器とで生成されている。入力信号のレベルXが大きくなると復号回路網Ⅱの出力レベルZが大きくなり、よって制御電圧Cが大きくなる。入力信号Xのレベルが小さくなるとその逆の結果になる。
その結果、復号回路網Ⅰへ入力されるパルス符号は入力信号レベルが大きくなったとき(勾配が急になったとき)には振幅が大きくなり、入力信号レベルが小さくなったとき(勾配が緩やかになったとき)には振幅が小さくなる。
このように復号回路網Ⅱ、レベル検出器及び乗算器は量子化ステップを圧縮したり伸長したりする圧伸手段を構成している。
このようにして圧伸されたパルス符号を受動積分回路である復号回路網Ⅰで積分すると、局部復号信号入力信号の勾配の急なところでは量子化ステップサイズが大きくなり、入力信号によく追随していき勾配過負荷雑音が小さくなり、一方、入力信号の勾配が緩やかなところでは量子化ステップサイズが小さくなり量子化離音が小さくなるという効果が得られることになる。
(三) 本願第一発明と引用例記載の発明との対比
本願第一発明と引用例記載の発明の技術内容は前(一)、(二)記載のとおりであり、本願第一発明は量子化ビット数が二ビット以上である差動パルス符号変調方式に関するものであるのに対し、引用例記載の発明は量子化ビット数が一ビットであるデルタ変調方式に関するものであり、前者が予測誤差をできるだけ小さくするよう予測係数を逐次適応的に変化させる適応予測形差動パルス符号変調方式において伝送エラーから生ずる復号器における発振や動作不安定という問題を解決するものであるのに対し、後者は入力信号の大きさに応じて量子化ステップサイズを変化させて勾配過負荷雑音や量子化雑音を小さくするものであり、技術内容を異にするものである。
審決は、引用例記載の発明における「入力信号X」、「復号回路網Ⅰの出力」、「制御電圧C」及び「乗算器及び制御電圧Cを導出するための手段」は、本願第一発明における「入力信号」、「予測値」、「係数」及び「非再帰型適応フィルタ」に対応することができるとして、本願第一発明と引用例記載の発明とは、引用例記載の発明の非再帰型フィルタの係数が本願第一発明のように逐次変化するという構成を欠く点を除き全て一致すると認定している。
しかし、審決の右認定は、引用例記載の発明の技術内容の認定を誤り、もって引用例記載の発明が本願第一発明と同様の適応予測形差動パルス符号変調方式であると誤って認定したことに基づくものである。
先ず、審決は、引用例記載の発明における「乗算器及び制御電圧Cを導出するための手段」を本願第一発明における「非再帰型適応フィルタ」に対応させている。
しかし、本願第一発明の回路構成と引用例記載の発明の回路構成を対比させると別紙図面三の第1図及び第2図のようになるが、引用例記載の発明の回路構成には非再帰型(デジタル)フィルタに不可欠の遅延回路Dがない。引用例記載の発明では、比較器からの符号出力に乗算器で制御電圧Cを乗じてそのまま出力しているだけであり、何周期か過去に入力した信号に係数を掛けたものを現時点で出力するための遅延回路又は記憶手段がなく、そもそも予測器としての非再帰型フィルタを形成していない。本願第一発明のように入力信号は出力時点より一周期過去に入力した信号に係数を掛けたものというような予測作用に不可欠の時間差の関係がない。
したがって、引用例記載の発明における「乗算器及び制御電圧Cを導出するための手段」は予測器としての非再帰型フィルタではない。
被告は、この点につき、引用例記載の発明において、乗算器への入力信号は量子化結果であり、これは、復号回路網Ⅰの出力からみれば過去の符号出力である旨主張する。
しかし、審決は「乗算器及び制御電圧Cを導出するための手段」を非再帰型フィルタに対応させているのであり、被告の主張は審決の理由に沿わないものである。
被告は、本願第一発明の非再帰型フィルタに対応させるべきは「乗算器及び制御電圧Cを導出するための手段及び復号回路網Ⅰ」であり、「乗算器及び制御電圧Cを導出するための手段」と対応させたのは単なる形式的齟齬である旨主張する。
しかし、これは審決の示したところとは異なる新たな一致点の認定であり、本訴で主張することは許されない。
また、仮にそれが誤記であるとして復号回路網Ⅰを含めてみても、本願第一発明の非再帰型フィルタに対応させることができるものではない。
すなわち、引用例記載の発明における復号回路網Ⅰは受動積分回路網であり、パルス状に入力する信号がプラスの場合には一周期前の出力値にこれを加算して出力し、マイナスの場合には一周期前の出力値から減算した値を出力するという動作をするものであるところ、それは過去に入力した信号のみが要素となっている非再帰型フィルタの出力とは本質的に異なるものである。
予測器としての非再帰型フィルタとはいえない「乗算器及び制御電圧Cを導出するための手段」に非再帰型フィルタの構成要素とはなり得ない受動積分回路を付加しても非再帰型フィルタになり得るはずはないのである。
以上のことからして、審決が本願第一発明の「係数」を引用例記載の発明の「制御電圧C」に対応させたことも誤りである。
また、審決は、引用例記載の発明の「制御電圧C」が本願第一発明と同様に「適応的」に変化するものと認定しているが、これも誤りである。
適応予測形差動パルス符号変調方式において予測係数が「適応的」に変化するとは、予測誤差ができるだけ零に近づくように変化するということであり、予測についてのものである。
一方、引用例記載の発明におけるシラブル圧伸デルタ変調方式においては、制御電圧Cは、量子化ステップを勾配過負荷雑音や量子化雑音が小さくなるように変化させているものであるが、これを「適応的」と表現するとしてもそれはあくまで量子化ステップ幅の決定についていっていることであり、適応という言葉を用いるとしてもその意味する内容は全く異なるものである。
審決は、このような両者の相違点を看過し、引用例記載の発明における制御電圧Cの変化の態様を本願第一発明の適応予測形差動パルス符号変調方式の「適応」に対応させたもので、誤りである。
2 本願第一発明の奏する顕著な作用効果の看過
審決は、本願第一発明は引用例記載の発明の持つ効果を超える格別な効果を奏するものとは認められないと判断する。
しかし、本願第一発明は、圧伸デルタ変調方式よりも高品質の符号化特性が得られ、構成もより複雑な適応予測形差動パルス符号変調方式における問題点を解決したものである。
すなわち、従来の適応予測型差動パルス符号変調方式の予測フィルタが帰還経路を有する再帰型フィルタであったため、復号器においても閉回路を構成することとなり、このような構成において伝送エラーが生ずると、復号器側の適応予測器の予測係数が符号化器側の適応予測器の予測係数と異なる逐次変化をし閉回路が構成されているため復号動作が不安定になるという問題を、予測フィルタを非再帰型フィルタとするかあるいは非再帰型フィルタと再帰型フィルタとを併せたものにすることによって解決したものである。
したがって、本願第一発明の適応予測型差動パルス符号変調方式には、伝送エラーがあっても、従来の適応予測形差動パルス符号変調方式と違って復号器の動作が不安定にならないという効果がある。
一方、引用例は、通常のデルタ変調の特性、シラブル圧伸機能を持たせた圧伸デルタ変調の原理、圧伸デルタ変調の諸特性、圧伸デルタ変調設計上の諸問題について述べたものであるが、この圧伸デルタ変調方式は、予測係数が逐次適応的に変化する適応予測器のような高度の回路構成を有せず、復号手段としては単なる受動積分器を有するのみであるから、適応予測形差動パルス符号変調のように高品質の符号化特性が得られない。その代わり、伝送エラーによる復号器の動作不安定というような複雑な問題はそもそも起こらない。したがって、引用例はこのような問題の存在やその対策についての論述及び示唆的な記載は一切ない。
以上のように、本願第一発明には、圧伸デルタ変調方式より高品質の符号化特性の得られる適応予測形差動パルス符号変調方式において、従来あった伝送エラーによる復号器の動作不安定が除去されるという引用例記載の発明には全くない顕著な効果があるにもかかわらず、審決は、引用例記載の発明の持つ効果を超える格別な効果を有するものではないとして、本願第一発明の顕著な作用効果を看過したもので、誤りである。
第三請求の原因に対する認否及び被告の主張
一 請求の原因一ないし三は認める。
二 同四は争う。審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。
1 一致点認定の誤りについて
原告は、本願第一発明は、量子化ビット数が二ビット以上である差動パルス符号変調方式に関するものであるとし、本願第一発明の適応予測形差動パルス符号変調方式と引用例記載の発明のデルタ変調方式の技術内容が異なるものであるとして、審決の本願第一発明と引用例記載の発明との一致点の認定の誤りを主張する。
しかし、特許請求の範囲の記載からすると本願第一発明は量子化ビット数が複数ビットであることはその要件となっておらず、また、本願明細書及び図面には量子化結果が一ビットの場合を排除する記載はない。
原告は、差動パルス符号変調(DPCM)という語から量子化結果を複数ビットのものに限られる旨主張するが、乙第一号証には「△MはDPCMの最も極端な例であり」と記載されており、差動パルス符号変調方式がデルタ変調方式を含むこと、すなわち量子化結果が一ビットのものを含むことは明らかであり、原告の主張はその前提において根拠のないものである。
そして、原告は、引用例記載の発明における「乗算器及び制御電圧Cを導出するための手段」と本願第一発明の非再帰型フィルタとが一致するものとした審決の認定の誤りを主張する。
先ず、審決は本願第一発明の非再帰型フィルタに対応するものとして引用例記載の発明の「乗算器及び制御電圧Cを導出するための手段」をあげているが、これは「乗算器、制御電圧Cを導出するための手段及び復号回路網Ⅰ」の誤りである。引用例記載の発明には復号回路網Ⅰも含まれているのであり、乗算器、制御電圧Cを導出するための手段と復号回路網Ⅰをもって非再帰型フィルタを構成しているものであるから、右の誤りは単なる形式的齟齬というべきものであり、この点は何ら審決を違法ならしめるものではない。
非再帰型フィルタとは、過去の一つの入力に係数を乗じた結果を出力するもの、及び過去の複数の入力にそれぞれ係数を乗じた結果を加算して出力するものをいう。
そして、引用例の図4に示されているように、比較器はクロックfs入力端子を有しており、この比較器は入力信号Xと復号回路網Ⅰの出力とをクロックが入力された時点で比較し、その結果を符号出力Yとして出力するものと認められる。結果である符号出力は原因である復号回路網Ⅰの出力を左右しないから、前記クロック入力時点では復号回路網Ⅰの出力は過去の符号出力に制御電圧Cを乗じたものから既に決まっているものである。したがって、引用例には符号出力を入力とする非再帰型フィルタ(乗算器、制御電圧Cを導出するための手段及び復号回路網Ⅰ)が記載されているというべきである。
また、原告は、本願第一発明においては予測誤差ができるだけ零に近づくように予測係数を変化させるのに対し、引用例記載の発明においては量子化ステップを勾配過負荷雑音が量子化雑音ができるだけ小さくなるように変化させているものであり、係数がそれぞれ「適応的」に変化するといってもその内容が異なるとして、その点で格別の差異がないとした審決の一致点の認定の誤りを主張する。
しかし、引用例記載の発明において生ずる勾配過負荷雑音や量子化雑音とは入力信号の勾配が急なときや緩やかなときの入力信号と局部復号信号との差のことであるから、制御電圧Cは、誤差信号ができるだけ小さくなるように変化しているものであり、本願第一発明において係数が「適応的」に変化するのと同様、引用例記載の発明において制御電圧Cは「適応的」に変化しているものである。
すなわち、本願第一発明の予測値は量子化結果に逐次適応的に変化する係数を掛けて生成し、入力信号との差をとるものであり、引用例記載の発明においては、符号出力に適応的に変化する制御電圧を掛けて生成し、入力信号との差をとるものであって、その間に実質的な差異はない。
2 本願第一発明の奏する作用効果について
原告は、本願第一発明は引用例記載の発明からは予測できない顕著な作用効果を奏する旨主張するが、これは本願第一発明の適応予測形差動パルス符号変調方式が複数ビットのものを対象とすることを前提とするものであるところ、その前提が根拠のないものであることは前述のとおりであるから、この主張も理由がない。
第三証拠関係《省略》
理由
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、同二(本願第一発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二1 原告は、審決の取消事由として、審決は、本願第一発明と引用例記載の発明の技術内容を誤認した結果、両者の一致点の認定を誤った旨主張する。
そこで、まず、本願第一発明の要旨とする「適応予測形差動パルス符号復号化方法」の技術的意義について検討する。
成立に争いのない甲第一一号証(「電子通信学会誌五九巻六号」社団法人電子通信学会昭和五一年六月二五日発行)によれば、本件出願当時音声信号の符号化の技術分野において、差分符号化(予測符号化)の技術が周知であったこと、この技術は、信号の過去の標本値に基づいて現在の標本値を予測し、実際の値とこの予測値との差(予測誤差)をとったとき、標本値間に強い相関があるほど予測誤差信号の振幅範囲が減少するところ、音声信号は標本値間に強い相関があるので、標本値そのものを符号化するよりも符号化能率を高めることができるとの知見に基づくものであること(六〇八頁右欄一五行ないし二一行)、この方式には△M符号化方式(デルタ変調方式)とDPCM符号変調方式(差動パルス符号変調方式)とがあること、デルタ変調方式は、予測誤差信号の正負を判定し、これを量子化ビット数一ビットに符号化するものであって、標本化保持回路等を必要としないこと(同欄二二行ないし二四)、これに対し、差動パルス符号変調方式は、標本化をナイキスト周波数で行い、予測誤差を複数(二以上)の量子化ビット数で符号化する方式であること(六〇九頁左欄下から四行ないし二行)、が認められる。
通常、一般にデルタ変調方式は入力信号と予測誤差との差を一ビット(正負各一ビット)で符号化されるものであり、装置が簡単で小型・低消費電力という特徴を有するものであるのに対し、差動パルス符号変調方式は、予測値と現在の入力信号との差分を複数のビット数で量子化した後符号化するものであるため高品質な符号特性が得られるものと理解されていることは、本件出願後の技術文献であるが、成立に争いのない甲第六号証、第七号証(電子情報通信学会編「電子情報通信ハンドブック第一分冊・第二分冊」株式会社オーム社昭和六三年三月三〇日発行)甲第八号証(山下孚編著「やさしいディジタル伝送」社団法人電気通信協会昭和六三年九月一日発行)、甲第一〇号証(茂木晃編「電気電子用語事典」株式会社オーム社昭和五九年九月三〇日発行)の各記載事項から明らかである。
ところで、成立に争いのない甲第四号証(昭和六三年二月一九日付手続補正書)によれば、本願発明の特許請求の範囲1には「符号化部では、入力信号と予測値の差を量子化し、係数がそれぞれ逐次適応的に変化する非再帰型フィルタかあるいは非再帰型と再帰型との両方のフィルタを含む適応フィルタを用いて前記量子化結果から前記予測値を作り出し、復号部(「複合部」とあるのは「復号部」の誤記と認める。)では、前記量子化結果を入力し前記符号化部のフィルタと同じ構成を有するフィルタを用いて再生された入力信号を作り出力することを特徴とする適応予測形差動パルス符号復号化方法」(三枚目三行ないし一二行)と記載されていることが認められ、前記本件出願当時の技術水準に照らすと、本願第一発明の特許請求の範囲には、量子化ビット数が複数ビット数であることの限定は存しないが、当業者には、予測値と現在の入力信号との差力を複数ビット数で量子化した後符号化する差動パルス符号変調方式と理解されることが多いというべきである。
もっとも、成立に争いのない甲第五号証によれば、引用例には、「デルタ変調(定差変調)方式はPCMの一種で」(二二四頁左欄二行)と記載され、また、本件出願後の文献であるが、成立に争いのない乙第一号証(土井利忠・伊賀章共著「ディジタル・オーディオ」株式会社ラジオ技術社昭和五九年一〇月二〇日発行)には、「△MはDPCMの最も極端な例であり」(九四頁一九行)と記載されていることが認められるから、差動パルス符号変調方式は概念上量子化ビット数一ビットのデルタ変調方式も含むと当業者に理解されることがないとはいえないので、本願第一発明の要旨とする「適応予測形差動パルス符号復号化方法」には量子化数一ビットのデルタ変調方式を含まないことが一義的に明確であるとまではいえない。
したがって、本願第一発明の要旨とする「適応予測形差動パルス符号復号化方法」の技術的意義は、明細書の詳細な説明及び図面を参酌して認定すべきものである。
そこで、本願明細書の発明の詳細な説明及び図面を参酌すると、《証拠省略》によれば、本願明細書には、本願第一発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
(一) 本願第一発明は、音声信号の帯域圧縮を行う差動パルス符号変調方式の改良に関する(本願明細書三頁三行ないし五行)。
従来の適応予測形差動パルス符号変調方式(適応形DPCM方式、別紙図面一第1図参照)は、送信側の符号化装置における予測器30は帰還経路(フィードバックループ)を有する、いわゆる再帰型フィルタを用いているため、受信側の復号化装置においても閉回路を構成することとなり、伝送エラーが生じると、復号化装置側の予測器130の予測係数が符号化装置側の予測器30と大きく異なる逐次変化をし、復号化装置側の復号動作が不安定となる。その結果、従来の適応予測形差動パルス符号変調方式は、常に伝送エラーによる不安定の危険にさらされ、これに強くするためにSN比の改善度が犠牲になり、さらに不安定さを解決するには装置規模が大きくなってしまうという問題点がある(同五頁九行ないし一七行)。
本願第一発明の技術的課題(目的)は、簡単な回路で、かつ、動作が安定し、SN改善度の大きい適応予測形差動パルス符号復号化方法を提供することにある(同八頁一八行ないし末行)。
(二) 本願第一発明は、前記技術的課題を解決するため、前記特許請求の範囲記載の構成(昭和六三年二月一九日付手続補正書三枚目三行ないし一二行)を採用した。
(三) 本願第一発明の前記構成により、伝送エラーが発生しても、完全に安定性を保証でき、SN比の改善度が大きく、回路的に極めて簡単な適応予測形差動パルス符号復号化方法を得ることができる(本願明細書一六頁四行ないし七行。なお、同記載箇所には第二発明である装置の作用効果が記載されているが、その構成からみて、本願第一発明である方法についても同様の作用効果を奏することは自明である。)。
本願明細書及び図面の以上の記載によれば、本願第一発明は、差動パルス符号変調方式において、従来問題とされてきた伝送エラーが生じた場合、動作が不安定になる欠点を解決することを技術的課題として、これを達成するために非再帰型フィルタを用いる構成を採用したものであり、このような技術的課題は、量子化ビット数が一ビットであり、復号化装置において閉回路(フィードバックループ)を構成しない、デルタ変調方式で生じない問題の解決を図るものであることは技術的に自明であるから、当業者であれば、本願明細書及び図面の記載事項から本願第一発明の要旨とする「適応予測形差動パルス符号復号化方法」には、量子化ビット数一ビットのデルタ変調方式は含まれない、換言すれば、本願第一発明の差動パルス符号変調方式は量子化ビット数が複数である差動パルス符号変調方式に限定されることが明確に理解できるというべきである。
被告は、デルタ変調方式は差動パルス符号変調方式の一種であり、かつ量子化ビット数を二ビット以上にすることは本願第一発明の特許請求の範囲に記載されていない旨主張する。
しかしながら、発明の進歩性についての判断手法としての発明の要旨は、当業者が明細書の特許請求の範囲の記載に基づいて通常理解するところに従って認定すべきものであり、その記載から技術的意義を一義的に明確に理解できないときは、発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌すべきものであるところ、本件出願当時の技術水準に照らすと、本願第一発明の特許請求の範囲には、量子化ビット数が複数ビット数であることの限定は存しないが、当業者には、「適応予測形差動パルス符号復号化方法」との文言から予測値と現在の入力信号との差分を複数のビット数で量子化した後符号化する差動パルス符号変調方式と理解されることが多いというべきであるが、一義的にそのように理解されるとまでいえないので、本願明細書の発明の詳細な説明及び図面の記載を参酌すると、本願第一発明の差動パルス符号変調方式は量子化ビット数が複数である差動パルス符号変調方式に限定されることが明確に理解できること前述のとおりであるから、被告の右主張は理由がない。
2 前記1により、本願第一発明の要旨とする「適応予測形差動パルス符号復号化方法」の技術的意義が明らかにされたので、次の引用例記載の発明の技術内容について検討する。
前掲甲第五号証によれば、引用例は「圧伸デルタ変調の変調特性」と題する技術論文であって、冒頭の「あらまし」の項に記載されているように、「デルタ変調の局部復号器にシラブル圧伸機能をもたせることにより、高品質の電話伝送に適した圧伸デルタ変調方式が実現しうる。まず通常のデルタ変調の諸特性を復号器の伝送関数H(f)を用いて定量的に記述することを試み、ついで圧伸デルタ変調の圧伸特性、過負荷特性、S/N特性、過渡応答、総合伝送特性等の解析を行った。また試作実験装置によりこれを実際的に確かめ得た、この結果二重積分圧伸デルタ変調により入力のダイナミック・レンジは約倍に広げられ、クロック五六KCの通常の圧伸PCMとほぼ同等の変調特性が得られること」(二二四頁三行ないし七行)が明らかになったことを記述したものであることが認められ、引用例記載の発明は量子化ビット数一ビットのデルタ変調方式に関するものであることが明確である(このことは、被告も争っていない。)。
引用例記載の発明は量子化ビット数一ビットのデルタ変調方式に関するものであることは、引用例の具体的記述内容からも明らかである。すなわち、前掲甲第五号証によれば、引用例の図1の「デルタ変調回路」は、その比較器が入力信号と予測値を比較し、その大小により、差の大きさと無関係に一定の大きさの+E0、-E0の信号を出力する量子化数一ビットの量子化器であり、この比較器の出力が局部復号回路(受動積分器)に入力し、局部復号回路の出力が予測値になるよう構成されており、図4の「圧伸デルタ変調符号器」も同様であって、その比較器の入力信号と予測値とを比較し、その大小に応じて一定の大きさの+E0、-E0の信号を出力する量子化ビット数一ビットの量子化器であり、ただ予測値を出力するのに、局部復号回路網Ⅱ、レベル検出器、乗算器が局部復号回路網Ⅰに付加され、局部復号回路網Ⅱで比較器の出力に応じた信号Zを出力し、レベル検出器で信号Zの直流レベルを検出し、乗算器に印加し、制御電圧Cを出力し、復号回路網Ⅰに入力して、その出力を予測値とするような構成であることが認められる。
そして、このようなデルタ変調方式は、(図4の圧伸デルタ変調方式を含め)復号手段として受動積分器を用いるものであり、閉回路を形成することがないので、従来の適応予測形差動パルス符号復号化方法のような伝送エラーに基づく復号側の動作不安定の問題を生じないことは技術的に自明である。
3 前記1及び2の認定事実に基づいて、本願第一発明と引用例記載の発明とを対比すると、本願第一発明の要旨とする「差動パルス符号復号化方法」は、量子化ビット数が複数である差動パルス符号変調方式であるのに対し、引用例記載の発明は量子化ビット数が一ビットのデルタ変調方式であるから、本願第一発明の適応予測形差動パルス符号復号化方法にはデルタ変調方式に関する引用例記載の発明は含まれないことが明らかである。
そして、引用例記載の発明は、圧伸デルタ変調方式であり、そのデルタ変調符号器は量子化ステップを適応的に変化させるものであるから、適応量子化デルタ変調方式というべきものであって、予測係数が適応的に変化する「適応予測形」差動パルス変調方式(本願第一発明がこの方式に属することは前記1認定の本願明細書及び図面の記載事項から明らかである。)とはいえないものである。
したがって、本願第一発明と引用例記載の発明とは、ともに適応予測形差動パルス符号復号化方法であることにおいて構成が同一であることを前提に、本願第一発明の要旨とする構成である「符号化部では、入力信号と予測値の差を量子化し、係数がそれぞれ逐次適応的に変化する非再帰型適応フィルタかあるいは非再帰型と再帰型との両方のフィルタを含む適応フィルタを用いて前記量子化結果から前記予測値を作り出し、復号部では、前記量子化結果を入力し前記符号化部のフィルタと同じ構成を有するフィルタを用いて再生された入力信号を作り出力することを特徴とする適応予測型差動パルス符号復号化方法」について、「本願第一発明と引用例記載との発明を比較すると、本願第一発明の非再帰型フィルタの係数は逐次変化するもの、すなわち、前回の係数を修正していくというものであるのに対し、引用例記載の発明はそのような構成を欠く点で両者は相違するものの、その他の点では格別差異は認められない」とした審決の一致点の認定は誤りであり、この一致点の認定に誤りがある以上、本願第一発明は引用例記載の発明に基づいて容易に発明することができたものとはいえない(本件出願当時公知の適応予測形差動パルス符号変調方式に基づいて本願第一発明が容易に発明できたかは、これが拒絶の理由とも審決の理由ともされていないから、当裁判所の判断の範囲外である。)。
4 以上のとおりであって、審決は、本願第一発明と引用例記載の発明との一致点の認定を誤った結果、本願第一発明は引用例記載の発明に基づいて容易に発明をすることができたと誤って判断したものであるから、その余の取消事由について判断するまでもなく違法であって取消しを免れない。
三 よって、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 佐藤修市)
<以下省略>